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あたしの向こう

言葉で心を動かしたい 女子大生のブログです

いつも旅のなか

読書日記


エッセイが、好きだ。

特に、日々の営みやよしなしごとを、丁寧に淡々と描いたものが好きだ。


そういうものを、寝る前に2〜3編読むのが至福の時である。
しかし今回久しぶりに、そんなもんじゃ読みやめられなくなるエッセイに出逢ってしまった。

図書館で借りてきてから家を出るまでのわずかな時間に読み、夜家で過ごす時間はそれを読むことに費やし、翌朝も起き抜けの頭でむさぼるように読み続け、そのまま読了した。


いつもみたいに、嗜むように自分のペースで楽しむことなんてできなくて、本当に体まるごと巻き込まれ、持っていかれた感覚である。

300ページ超のボリュームをはるかに上回るほどの熱量が、わたしの意思とは関係なく体内を駆け巡る。しばらくの間、余韻に浸ったまま呆けていたい気分。

 

「いつも旅のなか」/ 角田光代

30回以上にも上るという、自身の旅にまつわるエッセイである。
ルポルタージュのような詳細な記録ではなく、どちらかというとその国や地域のなかで、作者が感じたことの描写に重きが置かれている。そしてわたしは、そういう部分に強く惹かれた。


閑散とした、季節はずれのリゾート地。

泣き出したくなるほど壮大な自然現象。

おびただしい数の剥製や、生々しい人体解剖が展示された博物館。

現地で仲良くなった友達に連れられて遊び回ること。

すさまじいほど「なんにもない」大地。

腐敗臭と物乞いで溢れた世界。

度肝を抜かれるほどおいしいごはん。


どれも、知らない。

見たことがない。感じたことも、出逢ったことも、味わったこともない。

そんなことばかり、次々と溢れ出す。衝撃の連続にちょっと怖気づきながら、それでも憑かれたように読みすすめていった。

 

マレーシアの話。
釣りに誘われ、現地でできた友達にくっついて出かけたはいいものの、朝から晩までその友達の友達と会い続け、ごはんを食べては喋ることの繰り返し。

今日は中止か、と落ち込んでいた深夜一時、「さあ釣りに行こう!」と、満面の笑みで友達は言うのである。

そうして約束どおり、舟を出して釣りに行き、海辺でバーベキューをし、そのまま砂浜に並んで眠ったという。


" 自分がいかに狭い世界で、狭い視野で、狭い部分でものを考えていたか、目から鱗が落ちる思いであった。ひとつのことをするのに十二時間以上待ったっていいじゃないか。食って飲んで友達と話して、それだけで一日を終えたっていいじゃないか。深夜二時過ぎにバーベキューしたっていいじゃないか。"

/『かくも長き一日』より

 


また、1991年に作者が初めてタイを旅した回想の描写も印象的だった。


" 道に放置された動物の死骸を見たことはなく、口にする豚肉が血を流すことも知らず、陽射しの強さも物乞いをする足のない人も知らず、真綿でくるまれたような世界しか見てこなかったと、二十三歳の私は強く思ったのだった。"

/『はつ恋』より

 

こんなことってあまりないのだけれど、この本の最後、キューバの章に載っていた写真から目が離せなくなった。

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なんて、素敵な笑顔なんだろう。この人たちの人柄が透けて見えるような表情に、自分がこの場にいたかのような錯覚すら抱いた。

それまでひっきりなしに文字を目で追い、その遅さにもどかしさすら感じながらページをめくっていたことも忘れ、ひたすら食い入るように眺め続ける。

いいな、なんかいいな、というただそれだけの思いがひたひたと押し寄せてきた、一枚の写真。

 

" 旅することは、数少ない私の純粋趣味である。純粋、というのはつまり、なんの役にもたたなくとも、あるいは損をしたって、好きでいることをどうにもやめられない、というような意味だ。"

/ 『あとがき』より


「よーし、感動させてやろう」なんて、わざとらしい魂胆はちっとも感じられない文章である。
なのに、なんの前触れもなく涙がぽろっと出て、自分でもなんだかわからなくて焦った。
この気持ちは、一体なんだろう。

 


ぜんぜん違う話をします。


わたしからしてみると、こうやってエッセイをまとめて本を出版している人たちは、ものすごく非凡で、特別である。

でもその人たちにとってみれば、それはきっと平凡なことなのだろう。
その人たちの思う非凡は、多分もっと別なところにある、もっと違うことや違う人であって。なんだかうまく言えないけれど。

だから、自分が平凡か非凡かなんて、ふつうか特別かなんて、いくら考えたって仕方がないのだと。決まりきった尺度があるわけじゃない、それは自分じゃ到底計り知れないことなのだ。

少し前までちっぽけなことで悶々としていたわたしに、この本はそう気付かせてくれた気がしている。

 


人生のすべてじゃない。日常生活の中、あるいは非日常の中の、ごくわずかな一片を切り取ったもの。

その刹那に、魅せられずにはいられない。

決してきらきらしたエピソードではなくても、嫌いな自分を露呈するような話でも、なんらかの彩りを加え、一つひとつに意味を見つける。


その上こうやって誰かに影響を与えられるなんて、とてつもなくすごいことだと思うのだ。