「好きだから、あげる。」
ぼろぼろ泣きながら本を読んでいると、
「ピーッ!ピーッ!」
という遠慮のない音がして、いきなり現実に引き戻された。
りんごのケーキが焼けたのだ。
本に夢中になるあまり、すっかり忘れてしまっていた。
布巾を手に取り出してみると、表面が香ばしく色づいていてなんとも美味しそう。
うんと顔を近づけて、しあわせな匂いを独り占めする。
素朴なたまごの風味がやさしく香り立つ。
焼きたての匂いが体いっぱいに広がっていくこの感覚、至福そのもの!
呆れるほどずぼらで不器用で、丁寧とはおよそ程遠い生活をしているわたしだけど、
かんたんなお菓子や料理を作るのは大好き。
(ただしその時のやる気や気分による)
室温に戻したマーガリンをよく練り、そこへお砂糖をすり混ぜる。
といた卵を少しずつ加えながら混ぜ合わせていくと、粘りともとろみともいえない感覚が、だんだん生地にまとわりついてくる。
自分の手の中で少しずつ色を変え、形を変えていくふしぎ。
この手順が、とても好きだ。
自分だけのためだとつい手抜きしてしまいがちな「はかる」「ふるう」といった一手間も、すきな人のためなら省かない。
誰かのことを想って作る時間は、
わたしにとっての幸福そのものなのである。
「好きだから、あげる。」
ただそれだけの理由で何かをあげたり貸したりできる人がいるのって、
めちゃくちゃにしあわせなことだと思うのだ。
喜んでもらえるかどうかの不安はつきものであるにしても、
「余ってるから」
「たまたまもらったから」
なんて言い訳をしなくてもいい。
食べてもらいたい。
読んでほしい。
喜んでもらいたい。
たったそれだけの理由で動いたっていいんだってこと。
それをそのままぶつけたって困られない関係にあるっていうこと。
奇跡みたいに嬉しいことだなあと感じる。
相手が好きかどうかわからないものをあげたり貸したりするのには、どうしたって勇気がいる。
だって、押し付けになってしまうのが怖いから。
もちろん相手が誰であれ、行動すること自体に意味があるとは思っている。
でも、
怯まずにそれができる人に出会えるのは、とっても素敵なことだと思うのだ。
そしてそれは、恋愛に限ったことでない。
わたしは、全然多くなくていい。
ケーキを食べてくれる人然り。
素敵な本を貸してくれる人然り。
自分にとってそんな人がいてくれるのだということを、心の底から嬉しく思う。
「わたしはあなたを大切に思っている」
今、そばにいる大切な人に、わたしも伝えていこう。日々、新しい気持ちで、いつでも、何度でも。
『片想いさん』/ 坂崎千春