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あたしの向こう

言葉で心を動かしたい 女子大生のブログです

今日という日に、

映画の話


素敵な映画をみた。

「アバウト・タイム  〜愛おしい時間について〜」


過去にタイムトラベルすることができる主人公のティムが、その能力をつかって繰り広げる、SF恋愛映画である。

と言ってしまえば途端に安っぽく聞こえるのだが、ほんとうにいい映画だった。


はじめは、ヒロインであるメアリーとの恋愛を描いた作品なのだと思っていた。

勿論ストーリーの軸はそこであるし、なんといってもメアリーの可愛さたるや。
ちょっと尋常ではないくらい素敵なのだが、それだけで終わる話ではない。


時を超え、過去を繰り返す中で、ティムは確実に変化を遂げてゆく。
時間がすべてを解決してくれるわけではないのだ、という現実。何度くり返したってダメなものはダメだし、ほんのわずかなタイミングが違えば、運命だって変わるのだ。

そして、同じくタイムトラベルの能力を持った父とのこと。
彼がおしえてくれたタイムトラベルを活用するヒントを実行していたティムだが、いつしかそれを超える大切なことに気づきはじめる。


変わりゆくものと、変わらないもの。
この二つについては普段から考えさせられることが多いのだけれど、改めてその向き合い方を見直したいと思った。


わたしは、ちょっとした不幸にぶつかるとまるでこの世の終わりみたいに絶望するくせに、目の眩むようなしあわせの中にいる時は、つい漫然と日々を消化してしまうことが多い気がする (人間みんなそうなんかな)。

過ぎ去ったあとに気づいても、同じ時はもう二度と戻ってこないのだ。
かつて痛感したその事実を、この映画はそっと優しく思い出させてくれた。


一分一秒を、惜しむように愛おしむ。

どんなに切望しても、確実に時は過ぎてゆく。
だからこそ、この上なく大切な今を慈しむように噛みしめて、自分の中に刻みつける。
もう二度と忘れることのないように。


わたしはわたしを、生きてきてよかった。
いつもそう思っていられるように、生きていたい。

なんて、ちょっと大げさだろうか。

 

『 今日を生きることが好きになる。』

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図書館のつかいかた

よしなしごと

 

しばらく本を読めていない。

もう体が切実に切実に活字を欲していて、というのはちょっと大げさにしろ、実際かなり渇望していた。
というわけで、久しぶりに図書館に行ってきた話です。


いま住んでいる市の貸出期間は2週間、上限は10冊。
地元の図書館は2週間で7冊だったから、これはかなり嬉しい。しかしさすがに読みきれないので、迷いに迷って、結局5〜6冊に絞ることが多い。

この5〜6冊の内訳には、無意識の自分ルールが存在することにふと気がついた。


まず、譲れない王道本。

特に好きな作家さんの本は、必ずと言っていいほど2〜3冊選ぶ。江國香織さん、角田光代さんなどが鉄板で、最近よしもとばななさんも大好きです。


そして、寝る前に読むための、楽しくて軽めの読み物を1〜2冊。

作家や詩人のエッセイや群ようこさんの本、児童文学を借りることもある。最近すきなのは穂村弘さんのエッセイと、名作「大草原の小さな家」シリーズ。


それに加えてこの頃借りているのは、近代文学や「知ってるけど読んだことない」という本。

読むこと書くことがすきなのだから、そこに無知ではいたくないし、知らないものの数を少しずつ減らしていきたい。その一心から、半分勉強のつもりで読み始めたのだが、嬉しい計算違いがあった。

かつての自分が投げ出したり、手に取ることもしなかった作品たち。意外なことに、それがおもしろいのである。
まるでちんぷんかんぷんだった表現が、難しくて理解できなかった言葉が、回りくどいと感じていた比喩が、おもしろい。

 

読むたびに新たな発見があり、いちいち小さな感動を得た。そんなところに自分がやっと追いついたのだなあとしみじみ感じたり。

変わらない本に、変わりゆく自分が垣間見える瞬間。それが嬉しくて、ほんのちょっとだけ誇らしい気持ちになれる。これだから読書はやめられないのだ。本当にたのしい。


本をぎっしり詰め込んで、どっしりと佇む図書館の本棚を眺めていると、疼くようなもどかしさと、同じくらいの高揚感で体全部がいっぱいになる。
読んだことのない本が、まだまだこんなにあるなんて。そしてこれからもどんどん増え続けてゆくなんて。


かわいらしくて勇ましい小さな女の子、ミーナのセリフがよみがえる。

「だって世の中には、一生掛かっても到底読みきれないぐらいの本があんのよ」

(『ミーナの行進』/ 小川洋子 )

 

さあ、今度は何を読もうか。

 

言葉は心を動かした。

ことばの話 ただの日記

 

本当はまだ若干活動が残っているのだけれど、区切りとして、先日サークル内で務めている活動長の任期を終えた。

同回生と一回生からは色紙とメッセージカードを、元活動長の先輩からは、名前入りのボールペンとお手紙をいただいた。


手書きのメッセージやお手紙以上に、もらって嬉しいものはない。
一つひとつの文字をたどって、目と指で丁寧になぞりながら、何度も何度も読み返した。

緩む口元を押さえきれないほど、時には涙が出そうになるくらい、本当にほんとうに嬉しいことがたくさん書いてあった。

 

若干公私混同にはなってしまったかもしれないのだけれど、
この一年は、今まで生きてきた中でいちばん「ことば」と真剣に向き合った年だと思っています。

その中で、言葉の持つ力を人に伝えたい、ということも思っていて。
わたしが何より届けたかったことを、まっすぐに受け止めてくれた人がこんなにもたくさんいたことが、信じられないくらいしあわせです。

そして、自分と同じように言葉の魅力を感じてくれる人がこんなにたくさんいる場所にいられて本当に良かったなあと、心から思いました。

 

自画自賛みたいになってしまうんやけど、一部を載せさせてください。


思ってることを言葉にするのを怖がらない

コピー、言葉の楽しさを知った

(わたしの言葉は)本当に1つ1つきらきらしてて、

言葉に対する姿勢の真摯さ、柔軟さ

言葉で人の心は動かせる。

 

ほんの少しかもしれない。でも確実に、自分の言葉で人の心を動かせたのだという実感。
こんなにも、こんなにも嬉しいのだと。


毎日を過ごす中で出逢う、数えきれないほど膨大な量の言葉たち。
その端々に、自分の人生を彩る輝きを見ている気がしています。

わたし自身が人一倍動かされる人間だからこそ、余計に強くそう感じるんやと思う笑

 

どんな形になるのかはわからない、けど、

言葉で心を動かしたい。


それが今のわたしの夢です。

 

本当にありがとうございました。
広研入ってほんまに良かった!!

 

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ときめきメイクアップ

よしなしごと

 

女の子で良かったなあ、と感じる瞬間。
それは、結構な頻度でわたしの元へ訪れる。


ふんわり広がるワンピースや、見ているだけで体温があがるような、素敵なドレス。きらびやかな振袖だって、女の子だけの特権だ。

髪の毛をくるんとカールさせるとテンションもあがるし、そこにかわいいリボンや髪飾りをつけちゃうことだってできるのだ。


それから、メイク。
一週間の半分くらいは、めんどくさいなあと思ってしまうのが本音ではあるけれど。笑
やっぱり本当は、すごく楽しくって嬉しいものである。

お化粧品に詳しいわけではないし、ましてや整った顔立ちをしているわけでもない。
それでも、鏡に映る自分の顔がすこしずつ変わっていくのを見ていると、未だにちょっとどきどきしてしまうのだ。

あかるくなった肌のトーンに、ほんのりにじませた桃色と、だいすきな赤色と。
ちょっとだけ理想の自分に近づけた気がしてほころんだ、くちびるの上にも色をのせる。


メイクを始めたのは多分遅い方で、高校3年生の春休みからだった。
それまでは、せいぜいデートの時にリップをつけるくらい。しかし大学入学を目前に控え、そろそろやばいと一念発起したのである。

初めて入ったコスメショップ(でいいのだろうか)のお姉さんに手取り足取り教えてもらい、しばらくはそこの商品とやり方をかたくなに貫いていた。
だが、いつまでもそうする必要性は全くないのだということにある時はたと気付き、それからは他のお店のコスメも見るようになったのである。


なんてかわいいんだろう。
なんで素敵なんだろう。

幼い頃にあこがれていた、魔法のコンパクトみたいなファンデーションがある。お花の模様が入ったパウダーチークがある。お姫さまみたいなデザインの口紅がある。

こんなものを持つことができるなんて! という、単純な喜び。わたしは人一倍大げさなのかもしれないけれど、でも、やっぱり女の子なら誰だって嬉しくなってしまうだろう。


ハタチのお祝いに、と、今年の誕生日には素敵なコスメを二つももらった。毎日眺めていても飽きないくらい、かわいい。パッケージも、発色も素敵。
わたしに合うと思って。そう添えられた言葉が、つけるたびによみがえる。


『 女の子って本当に楽しい!』

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夢は夢を駈ける

よしなしごと


宇宙兄弟」の作者である漫画家、小山宙哉さんの情熱大陸をみた。

ひたむきに夢を追いかけて実現し、叶えてもなお、上を目指して努力し続けるその姿勢。


『これからも夢を食べて生きていく』

「May Dream」が発売されたときの、aikoの言葉がよみがえる。


夢や目標に対して貪欲な人は、素敵だ。
ぶれずに貫く信念を持っている人は、ほんとうにかっこいい。

その人の生き様や息遣いにすら、それは現れている気がするのだ。
見つけた瞬間、触れた瞬間「がんばれ」って、思わず心の中で応援せずにはいられない。

 

小山宙哉さんの話に戻るのだが、

壁いっぱいの本棚にずらりと並んだ漫画を前にして、「この中で一番好きなのはどれですか?」という質問を受けて。


宇宙兄弟ですね』


即答だった。

その笑顔には、強く惹かれるものがあった。


自分のつくったものに対して、胸を張って「大好きです」「見てください」と言える、そこに実力や結果が伴っている人に、すごくすごく憧れる。


またしてもaikoの話なのだけれど、

彼女は、自分の曲に関するインタビューの中で「すごく好きですね」と述べていることがとても多い。
にも関わらず、手を抜くことを決してしない。
曲作りやファンへの姿勢は、むしろ年を重ねるごとにより重く、より熱いものになっていっている気がするのだ。

だからこっちも、もっと好きにならずにはいられなくなる。どこまでもついて行きたくなるのです。笑

 

そんなことを考えるうちに、以前読んだ小説の中で印象的だった文章がふと思い浮かんだ。


『「アーサー・ヘイリーはね、自作の中でいちばん気に入っているものは、と訊かれて、つねに最新作だ、とこたえてるんだ」

歩きながら恋人が言った。

「作家というのはそうあるべきだよね」

私にはよくわからなかった。そうあるべきなのではなくて、そうでしかあれないのではないかと思った。』

(『ウエハースの椅子』/ 江國香織 )


なるほど、と。

創作を仕事にしている人の考えを垣間見るのはおもしろい。

 

あなたの夢は、と問われて即答できない今、だからこそ胸に刺さるものがある。


ちいさな世界の外側にあるものを見て、色とりどりの考えに触れて、自分の中に刻み付ける。

そうしていつか、わたしも。

 

未知、満ちる。

よしなしごと


人によって思考回路がぜんぜん違うのっておもしろいな、ってこのごろよく思う。


たとえば、

小さな秘密を打ち明ける。
ささいな悩みを相談する。
他愛もない話題を振る。


それに対して、別段意識することもなく、ごく自然に返ってきた言葉たち。

そこに、自分とは違う角度から照らされた世界を垣間見る。


気をつけているつもりでも、いつのまにか一点ばかりをじいっと見続けてることが多いのだ、わたしは。

だから、自分の考えをいろんな人にどんどん話していきたい、と最近思い始めた。

ばかにされるんじゃないかっていう不安よりも、それを聞いた相手の話から得られるものの方が、大抵うんと大きいから。

 

これまで赤の他人として生きてきた人と出逢って、仲良くなる。
初めての経験をする。
知らない場所に足を踏み入れる。

新しい扉が開くように、次々と世界が広がってゆく。そのたびに、まだまだ知らないことだらけなんやなって改めて気づかされる。

ちいさなコミュニティの中できらきらして見える人は、そんな世界をたくさん持っていることが多いのだ、きっと。


毎日少しずつ変わってゆく。知らない自分に出逢って、自分が更新されていく。

それって、すごくおもしろい。

 


9月に届いたあいこめの文章が、ずっと心に残っている。

『こんな風に思える人生は素晴らしい。
楽しい悲しい悔しい嬉しい寂しいをもっと感じて生きていきたい。』

わたしも、そんなふうに生きていきたい。

 

『感情はあたしの意思を超えて揺れる』

笑っちゃうくらいいつもそうで、嬉しいも苦しいもものすごく振れ幅が大きくて振り回されっぱなしなのだけれども、

だからこそ感じられること、考えられることがあるのかもしれない。


彼女の言葉に、いつもいつも力をもらう。

本当に落ち込んでる時って打開策すら思い浮かばないから、結局元気な時に読み返すことが多いんやけども。笑

 

 

全然まとまっていませんが

すこし前から一転して、
人生って楽しいなと思い始めた

単純なわたしの話です。

 

未知から既知へ、

びびらずにどんどん進んでいこうと思う。

 

大切な今

ただの日記 ことばの話


昨日、身をもって実感したこと。

『悩みなんて、人に話せた時点で半分は解決だから』
(「強運の持ち主」瀬尾まいこ)

 

だいじょうぶかもしれない。

強がりじゃなく、言い聞かせるわけでもなく、
久しぶりにちゃんと心から、そう思えた。

 

追いつめて思いつめて煮つまって、
それで解決できることはわりと少ないな。


未知と無知はぜんぜん違うし、
自分に優しいのと自分に甘いのも、似ているようでまた別のことなのだ。

 


綺麗なものを綺麗だと思えることを。
人の痛みをちゃんと感じられることを。

目の前がちかちかするほどの激しい怒りを。
体が引き裂かれるようなかなしみを。
ささやかな喜びとしあわせを。


日々を過ごす中で大切にしたいもの、
自分にとってかけがえのないものを、形にしたい。伝えたい。

その想いだけは、今も昔もずっと変わらない。
自信を持って、胸を張っていいのだと。

 

わたしは、言葉で心を動かしたい。